
2025年9月1日、AIを正面から扱う日本で初めての法律が全面施行されました。通称AI推進法です。罰則のない推進型の法律であるため「自社には関係ない」と受け止められがちですが、AIを業務で使うすべての企業が対象に含まれています。
さらに2026年に入り、AI事業者ガイドラインの改定や新たなAI基本計画の閣議決定が続き、取引先や監査から体制を問われる場面も増えています。この記事では、AI推進法の要点と、企業が実務で進めるべき対応の順番を解説します。
AI推進法の正式名称と成立・施行までの経緯
AI推進法が規制法ではなく推進法とされる理由
第7条で企業に求められている努力義務の中身
罰則がなくても対応が必要になる理由
AI基本計画・適正性確保の指針・AI事業者ガイドラインとの関係
企業が取り組むべき対応ステップと優先順位
ルールを現場に定着させるための業務設計の考え方
結論から言うと、AI推進法はAIの研究開発と活用を国として後押しするための基本法です。企業に細かな義務や罰則を課す規制法ではなく、国の司令塔と計画づくりを定めた枠組みの法律と捉えると全体像がつかみやすくなります。
AI推進法の正式名称は「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」で、令和7年法律第53号です。2025年5月に国会で成立し、同年6月4日に公布されました。
施行は2段階で行われています。公布日に一部が施行され、AI戦略本部の設置などを含めた全面施行は2025年9月1日です。内閣府の資料では「AI法」と略されることもありますが、本記事では検索されることの多いAI推進法の呼び方で統一します。
EUのAI規則(AI Act)は、用途をリスクで分類し、禁止用途や高リスク用途に厳格な義務を課す規制型の法律です。違反には巨額の制裁金も定められています。
一方、日本のAI推進法はイノベーションの促進とリスクへの対応を両立させる考え方をとり、企業への直接的な禁止規定や罰則を置いていません。法律の第1条も、施策を総合的かつ計画的に推進し、国民生活の向上と経済の発展に寄与することを目的に掲げています。
ただし、推進法だから何もしなくてよいという意味ではありません。基本理念には研究開発や活用の過程の透明性の確保が含まれており、適正な活用を求める姿勢が法律の中に明記されています。
AI推進法は全28条・4章で構成されています。企業が押さえておくべき条文は限られているため、まず章ごとの役割を把握しておくと読み進めやすくなります。
章 | 条文 | 主な内容 | 企業との関わり |
|---|---|---|---|
第1章 総則 | 第1条〜第10条 | 目的・基本理念・各主体の責務 | 第7条が活用事業者の責務を定める |
第2章 基本的施策 | 第11条〜第17条 | 研究開発の推進、適正性確保、調査研究など | 第13条の指針、第16条の指導・助言 |
第3章 AI基本計画 | 第18条 | 政府による基本計画の策定 | 国の重点施策と支援策の方向性を示す |
第4章 AI戦略本部 | 第19条〜第28条 | 本部の設置・組織・権限 | 本部から協力を求められる可能性がある |

AI推進法が企業に直接求めているのは、AIの活用に積極的に取り組むことと、国や地方公共団体の施策に協力することの2点です。罰則はありませんが、国の調査と指導・助言の仕組みが組み合わさっているため、実務上は「説明できる状態」をつくることが対応の中心になります。
第7条は、AIを事業活動に活用しようとする事業者を「活用事業者」と位置づけ、その責務を定めています。対象はAIを開発・提供する企業に限りません。生成AIのチャットツールを業務に取り入れているだけの企業も、活用事業者に含まれると考えるのが自然です。
条文が求めているのは、AIを活用して事業活動の効率化や高度化、新産業の創出に努めることと、国や自治体が実施する施策に協力することです。前者は努力義務、後者は協力義務の性格をもちます。
この「施策への協力」の具体的な中身は、条文だけでは見えてきません。後述する指針やガイドラインを参照し、国が示す取り組みに沿った運用を整えることが、AI推進法への対応の実体になります。
第16条では、国が国内外のAIの動向を調査し、不正な目的や不適切な方法による活用で国民の権利利益が侵害された事案を分析することが定められています。そのうえで、活用事業者などに対して指導・助言・情報の提供を行うとされています。
つまり、AIの使い方に問題があった場合、国の調査や指導の対象になりうるということです。罰金のような直接の制裁はなくても、事案が明らかになれば取引先や顧客からの信頼に影響します。AI推進法への対応を後回しにできない理由はここにあります。
AI推進法に罰則がないことと、AI活用にリスクがないことは別の話です。個人情報保護法、著作権法、不正競争防止法、労働関係の法令などは、AIを使う場面でもこれまでどおり適用されます。
たとえば顧客の個人情報を外部のAIサービスに入力する場合は、利用目的や第三者提供の扱いを確認する必要があります。生成物を外部に公開する場合は、既存の著作物との類似性にも注意が必要です。AI推進法は、こうした既存法令を守る前提のうえに重なる枠組みだと理解しておきましょう。

AI推進法そのものは枠組みを定める法律で、具体的な取り組みの中身は関連文書に委ねられています。企業が実務で参照すべき中心は、総務省と経済産業省のAI事業者ガイドラインです。
第18条に基づき、政府はAI基本計画を策定します。最初の計画は2025年12月23日に閣議決定され、2026年7月14日には新たな計画が閣議決定されました。
基本計画は国の重点施策の方向性を示すもので、企業に義務を課す文書ではありません。ただし、政府の支援策や調達の考え方に影響するため、AI活用を事業の柱に据える企業は動向を追っておく価値があります。
第13条は、国が国際的な規範の趣旨に即した指針を整備することを定めています。これを受けて、2025年12月19日に「人工知能関連技術の研究開発及び活用の適正性確保に関する指針」がAI戦略本部で決定されました。
この指針は、AI推進法の考え方を具体化する文書として、AIの開発・提供・利用を担うすべての者に向けて、必要な取り組みの基本的な考え方を示すものです。内容は原則的なレベルにとどまるため、具体的な実務は各府省のガイドラインと組み合わせて検討することになります。
AI事業者ガイドラインは、2024年4月に第1.0版が公表されたソフトローで、法的な拘束力はありません。2026年3月31日には第1.2版が公表され、AIエージェントやフィジカルAIに関する記述が加わりました。
第1.2版では、自律的に動くAIエージェントについて、人間の判断を適切に介在させる仕組みの重要性が強調されています。人間による確認が形だけになるリスクにも触れられており、承認フローの設計そのものが問われるようになりました。
文書 | 根拠・性質 | 公表・決定 | 企業での使い方 |
|---|---|---|---|
AI推進法 | 法律(罰則なし) | 2025年6月公布、9月全面施行 | 対応の前提となる枠組みを理解する |
AI基本計画 | 第18条に基づく政府計画 | 2025年12月、2026年7月に閣議決定 | 支援策や政策の方向性を把握する |
適正性確保に関する指針 | 第13条に基づく指針 | 2025年12月19日に本部決定 | 取り組みの基本的な考え方を確認する |
AI事業者ガイドライン | 総務省・経産省のソフトロー | 第1.2版を2026年3月31日に公表 | 社内ルールと運用の具体的な拠り所にする |

優先すべきは、自社のAI利用の実態を把握し、最低限のルールを先に決めることです。完璧な体制を一度に整えようとするより、小さく始めて定期的に見直すほうが、AI推進法の趣旨にも実務の現実にも合っています。
AI推進法への対応の第一歩として、社内でどのAIツールが、どの部門で、どんなデータを使って利用されているかを一覧にします。会社が契約したサービスだけでなく、個人アカウントで使われているツールも洗い出すことが重要です。
あわせて、AIの出力が社内向けにとどまるのか、顧客や外部に届くのかも確認します。外部に影響する用途や、AIが自動で処理を実行する用途は、リスクが高いものとして優先的に扱います。
棚卸しの結果をもとに、AI推進法とガイドラインの趣旨を踏まえたAI利用ポリシーを定めます。最初はA4数枚程度の簡易版でも機能します。利用を認めるツール、入力してはいけない情報、出力を確認する責任者、外部公開前のチェック方法、問題が起きたときの報告先は必ず盛り込みましょう。
AIの誤回答に関するルールも欠かせません。生成AIはもっともらしい誤情報を出すことがあるため、確認の手順を決めておく必要があります。具体的な方法はハルシネーション対策の進め方で詳しく解説しています。
ポリシーをつくっても、誰が運用するのかが決まっていなければ機能しません。AI活用の推進責任者を置き、法務・情報システム・事業部門が相談できる窓口を一本化します。
体制づくりの全体像は、AIガバナンスの考え方と重なります。組織としての意思決定やリスク管理の仕組みは、AIガバナンスとは何かを解説した記事もあわせて参考にしてください。
AIをいつ、誰が、何の業務に使い、出力をどう扱ったかを記録できる状態にしておきます。すべてを記録する必要はありませんが、重要な判断や外部に出る成果物については、後から説明できるだけの記録を残すことが大切です。
AI推進法に関連するガイドラインは今後も改定が見込まれます。四半期や半期ごとに関連文書の更新を確認し、ポリシーや運用を見直すサイクルを組み込んでおきましょう。
ステップ | 主な作業 | 成果物 | 優先度 |
|---|---|---|---|
1 棚卸し | ツール・部門・データ・用途の洗い出し | AI利用台帳 | 最優先 |
2 ポリシー策定 | 許可ツール、入力禁止情報、確認手順の決定 | AI利用ポリシー | 最優先 |
3 体制づくり | 推進責任者と相談窓口の設置 | 役割分担表 | 高 |
4 記録と見直し | 利用記録の保存と定期レビュー | 運用記録・改定履歴 | 継続 |

AI推進法への対応で最もつまずきやすいのは、ルールをつくった後の定着です。文書を整えるだけでなく、現場の業務フローやシステムの使い勝手にまで落とし込むことで、はじめて実効性のある対応になります。
利用ポリシーが守られない原因の多くは、ルールが業務の流れと切り離されていることにあります。確認手順が別の文書や別のシステムにあると、忙しい現場ほど省略されがちです。
また、禁止事項ばかりが並んだルールは、AIの利用そのものを萎縮させます。AI推進法は活用の推進を目的とした法律です。守りのルールと同時に「この業務ではこう使ってよい」という前向きな指針を示すことが、法の趣旨にも合っています。
実効性を高めるには、確認や承認のステップを業務システムの画面や操作の流れの中に組み込むことが有効です。たとえば外部に送る文書をAIで作成した場合に、送信前の確認画面で根拠資料の添付を求めるといった設計です。
FAKEは、デザインドリブン®のアプローチで業務システムのUI/UXを設計し、FDE型の支援として現場に入り込みながら運用に合う仕組みをつくることを重視しています。ルールを人の注意力に頼るのではなく、使う流れの中で自然に守られる状態をつくることが、ガバナンスを定着させる近道です。
AIがメール送信やデータ更新などを自律的に実行するAIエージェントの活用が広がると、人間がどこで判断に関わるかの設計がより重要になります。AI事業者ガイドライン第1.2版が人間の関与の形骸化に言及しているのも、この流れを受けたものです。
承認ボタンを押すだけの確認では、実質的なチェックになりません。判断に必要な情報が確認画面に揃っているか、リスクの高い操作だけに承認を絞れているかといった体験設計が問われます。自社だけで設計が難しい場合は、AI導入支援会社の選び方を参考に、運用設計まで伴走できるパートナーを検討するのも一つの方法です。

AI推進法は、AIの研究開発と活用を国として後押しする推進型の法律です。企業に罰則付きの義務を課すものではありませんが、第7条ではAIを活用するすべての事業者に、活用への取り組みと国の施策への協力を求めています。
罰則がなくても、第16条に基づく国の調査や指導・助言の仕組みがあり、既存の法令もそのまま適用されます。実務で参照すべき中心はAI事業者ガイドラインで、2026年3月の第1.2版ではAIエージェントへの人間の関与が強調されました。
企業の対応は、AI利用の棚卸し、利用ポリシーの策定、推進体制の整備、記録と見直しの順で進めるのが現実的です。さらに、ルールを業務フローや画面設計に組み込むことで、AI推進法への対応を形だけで終わらせない運用が実現します。
AI推進法には、企業を対象とした罰則規定はありません。ただし、第16条に基づき、国はAIの不適切な活用による権利侵害事案を調査・分析し、事業者に指導や助言を行うことができます。
また、個人情報保護法や著作権法などの既存の法令はAIの利用にも適用されます。罰則がないことをもって対応を不要と判断するのは避けたほうがよいでしょう。
対象になると考えるのが自然です。第7条の活用事業者は、AIを事業活動に活用しようとする事業者を広く指しており、AIを自社で開発しているかどうかは問われていません。
チャットツールを業務に導入している段階でも、利用ルールの整備や出力の確認手順の策定など、AI事業者ガイドラインに沿った取り組みを進めておくことが望ましいといえます。
AI推進法は国会で成立した法律で、国の責務や基本計画、AI戦略本部などの枠組みを定めています。一方、AI事業者ガイドラインは総務省と経済産業省がまとめたソフトローで、法的な拘束力はありませんが、企業が取り組むべき内容を具体的に示しています。
実務では、AI推進法で全体の方向性を理解し、ガイドラインを社内ルールや運用の拠り所にする使い分けが一般的です。
まずは社内のAI利用の棚卸しと、簡易版のAI利用ポリシーの策定から始めるのが現実的です。利用を認めるツール、入力してはいけない情報、出力の確認方法の3点だけでも決めておくと、リスクを大きく下げられます。
そのうえで、AIの活用を業務効率化につなげる取り組みも並行して進めましょう。工程の分解から定着までの進め方は、生成AIで業務効率化を進める方法で解説しています。
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2020年1月
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